転移性膵臓がんの長期生存例:オリゴメタ治療後12年無再発の症例報告
一般的に、遠くの臓器に転移を認める膵臓がん(転移性膵臓がん)の予後はきびしく、多くの報告では5年生存率は1%未満とされています。
しかしながら、「転移性膵臓がんは絶対に治らない」訳ではありません。
実際に、私を含めて多くの臨床医は、切除によって長期生存した転移性膵臓がん症例(いわゆるオリゴメタの症例)が存在することを知っています。ただ、このような長期生存例はまれであることより、しっかりとしたケースレポート(症例報告)が少なく、またがんの特徴についての詳細な検討もありませんでした。
今回、アメリカのイェール大学から報告された、遺伝子異常の検査まで行われた転移性膵臓がん(肝臓転移+肺転移)の長期生存例を紹介します。
転移性膵臓がんの12年無再発生存例:症例報告
膵臓がんの診断および初回手術まで
症例は62歳の男性で、3ヶ月間つづく吐き気、食欲不振、黄疸、尿の濃染、および全身のかゆみを訴えて病院を受診。体重減少あり。
画像検査では、膵臓の頭部に2.7×2.6 cmの腫瘤(しこり)があり、細胞の検査では腺癌(せんがん)と診断されました。また、膵臓のまわりのリンパ節が腫れており、転移が疑われました。
膵臓がんの診断にて、膵頭十二指腸切除術(膵臓の一部と十二指腸、胃の一部、胆管、胆のうを切除する手術)が行われました。
切除標本の顕微鏡検査では、膵臓のがんは3.7 cmで、十二指腸に浸潤(しんじゅん)していました。また、リンパ節は19個中5個にがんの転移がありました。
以上より、ステージ3(日本の分類)と診断されました。
術後1ヶ月目からゲムシタビン(ジェムザール)による補助化学療法(抗がん剤治療)を行いました。
肝転移の発覚と抗がん剤治療による寛解
最初の3週間の術後化学療法後、患者は好中球の減少による発熱があり、入院となりました。
この際CTをとったところ、肝臓に転移を疑わせる3つの腫瘤(最大のものは3.1 cm)が発見されました。
肝転移と考え、ゲムシタビンにオキサリプラチン(エルプラット)を追加して抗がん剤治療を続けていたところ、転移がみつかって3.5ヶ月後のCTでは肝臓の腫瘤は完全に消失していました(下図)。
このため、この治療(ゲムシタビン+オキサリプラチン)をおよそ1年間続けました。
肺転移の発見と切除
その後は再発なく、抗がん剤は中止して5年間経過しましたが、この時に撮影したCTで右の肺に小さな6 mm大の腫瘤を認めました(下図)。
胸腔鏡(カメラ)による右肺の上葉切除が行われ、切除標本の顕微鏡検査で膵臓がんの転移が確認されました。
その後、さらにゲムシタビンによる治療を続けましたが、肝機能障害で中止となりました。
6年間は再発なく経過しました。そして、転移の診断後12年目に、胆管空腸吻合(初回の手術で胆汁の流れるルートを作り直したところ)が狭くなったことによる胆管炎が悪化し、死亡しました。
がんの遺伝子解析
このような長期生存の膵臓がんの分子レベルでの特徴を調べるため、がん組織からDNAを抽出し、次世代シーケンサー(たくさんの遺伝子を一度に調べることができるシステム)にて遺伝子異常を解析しました。
その結果、膵臓がんに多くみられるKRAS遺伝子とTP53(p53)遺伝子に変異がありましたが、その他の遺伝子異常(プラチナ製剤が効きやすいタイプの遺伝子変異や比較的予後がよいと言われているタイプの遺伝子異常)は認めませんでした。
さらに、肺の病変にも原発の膵臓がんと同じKRAS遺伝子変異が認められ、確かに膵臓がんの肺への転移であることを示すエビデンスが得られました。
その他の転移性膵臓がんの長期生存例
著者らは、過去の文献から、長期生存した転移膵臓がんの報告を調査しました。その結果、限られた数ではあるが、今回の症例のような長期生存をはたした転移性膵臓がんの報告例が他にもあったとのことです。
例えば、診断時すでに肝転移を認めていた膵臓がん2例が、全身の抗がん剤治療によって8年と10年生存したという報告。
また単発の肺と脳転移(ともに切除)をともなう膵臓がん患者が14年間も生存したという報告もありました。
まとめ
この症例のように、比較的少数の”いわゆるオリゴメタ”を認める膵臓がんの中に、治療に反応して長期生存が可能なタイプが存在することが報告されています。
現在のところ、長期予後が期待できる転移性膵臓がん患者を見分けるバイオマーカーはまだありません。今後、さらなる研究によってこのようなバイオマーカーが発見され、積極的な治療によって根治可能な転移性膵臓がんの症例がわかるようになることが期待されます。
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