腸内細菌でがんが治る?糞便移植(FMT)の驚くべき効果
腸内細菌は、体を守り、人間のパートナーとして健康に保つ手伝いをしています。
一方で、腸内細菌は、ひとたびそのバランスが乱れると、多くの病気を引き起こします。
腸内細菌の乱れ(ディスバイオーシス:dysbiosis)がもたらす可能性のある病気・病態には、アレルギー、炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎など)、肥満や糖尿病、そして、うつ病や自閉症などの精神疾患があります。
「がん」も例外ではありません。
遺伝子研究(DNA解析技術)の進歩によって、人のゲノムだけでなく、体にいる細菌などの微生物(マイクロバイオーム)の種類や量が簡単に解析できるようになりました。
とくに、PCRを使って細菌のゲノム解析を行うことで、たとえば腸にどんな細菌がどれだけの割合ですんでいるかが短時間でわかるようになりました。
その結果、腸内細菌は、がんの発生や進行に深く関わっていることがわかってきました。
がん患者の腸内細菌と健康な人の腸内細菌を比較すると、がん患者では細菌の種類が少なくて多様性が減っていたり、あるいは、特定の悪玉菌が増えている、といったことが報告されています。
さらに、腸内細菌が、がんの治療効果にも関わっているということが研究で明らかになりました。
今回は、糞便移植(糞便微生物移植)によって腸内細菌を入れ替えることで、免疫チェックポイント阻害薬への反応(治療効果)が高まるという人での臨床試験の結果を紹介します。
腸内細菌が免疫チェックポイント阻害薬の治療効果を決める?
2018年にアメリカの有名な科学誌サイエンスに、免疫チェックポイント阻害剤と腸内環境(腸内細菌)の関係を示す2つの論文が発表されました。
がん患者の糞便中のマイクロバイオームの研究によると、免疫チェックポイント阻害剤が効いた人と、効かなかった人との間で、腸内細菌のパターン(細菌の種類や多様性)に差があるということがわかりました。
また、免疫チェックポイント阻害剤の治療と同時に抗生剤の投与を受けていた患者では、生存率が有意に低下していたということです。
抗生剤によって変化した腸内環境によって、免疫チェックポイント阻害剤の効果が低下したと考えられます。
さらに、マウスの実験では、免疫チェックポイント阻害剤が効いた人の糞便や特定の菌を腸内に移植したところ、免疫チェックポイント阻害剤の効果が高まったとのことです。
これらの結果より、免疫チェックポイント阻害剤の効果は、腸内細菌によって左右されるということがわかりました。
そこで、「人でも腸内細菌を移植すると、免疫治療の効果が高まるのではないか?」ということで、臨床試験が始まったわけです。
糞便移植による免疫チェックポイント阻害薬の効果改善
今回、2021年の2月5日付けのサイエンス誌に、2本の論文が同時に報告されました。
ともに、免疫チェックポイント阻害薬が効かなかったメラノーマ(皮膚がん)の患者を対象とした臨床試験です。
これらの患者に対して、同じ治療を受けて効果が高かった人(たとえば、1年以上がんが消えている患者さん)から便を採取して移植するという治療を行いました。
いわゆる糞便微生物移植(fecal microbiota transplantation:FMT)です。
採取した糞便をまず大腸内視鏡を使って移植して、その後、免疫チェックポイント阻害薬(オプジーボ)で治療後に、さらにカプセルで便を内服するということを繰り返したとのことです。
その結果、ひとつの試験では、10人中3人(30%)、もう一つの試験では15人中6人(40%)に腫瘍の縮小などの臨床的な効果が確認されたということです。
なかには、CR(完全奏功)の人もいたそうです。
もちろん全員に効果がみられた訳ではありませんが、もともと免疫チェックポイント阻害薬が効かなかった患者さんを対象としているわけなので、30~40%でも画期的な結果といえます。
同時に、糞便移植を受けて、効果を認めた患者さんの腸内最近を調べると、よく効いた人の腸内細菌に似て、多様性が増えており、また、腫瘍への免疫細胞の攻撃が増えていることが確認されました。
つまり、よい腸内細菌を移植すると、がんへの免疫の攻撃力(例えば、T細胞の腫瘍への浸潤)が高まり、結果的に免疫治療の効果が促進されるというメカニズムが考えられました。
まとめ
糞便移植によって、免疫チェックポイント阻害薬が効かなかった人が効くようになるという衝撃的なデータを紹介しました。
今回は、メラノーマの患者における臨床試験ですが、今後、おそらく、他のがんにも適応を広げることができると思います。
現在、肺がんや胃がんや大腸がん、膵臓がんなどの消化器がんでも免疫チェックポイント阻害薬を使えるようになりました。
ですので、将来的には、こういった治療が効かない人を対象として、糞便移植の臨床試験が行われる可能性があります。
『腸科学(早川書房)』という本のなかに、「「クソ」を食らってでも生きよ」という衝撃的な章がありますが、まさに「「クソ」を食らってでもがんを治せ」という時代が到来することでしょう。