NTRK融合遺伝子陽性の膵臓がんに対するエヌトレクチニブ(ロズリートレク)
「がんゲノム医療(がん個別化治療)」が導入され、がん治療がこれまでの「臓器別」から遺伝子異常のタイプによる「臓器横断的」へと変わりつつあります。
例えば、高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-High)を有する固形がんに対し、免疫チェックポイント阻害薬であるペンブロリズマブ(キイトルーダ)が適用となりました。
さらに2019年6月、成人および小児のNTRK融合遺伝子陽性の進行・再発の固形癌に対する治療薬として、ROS1/TRK阻害剤であるエヌトレクチニブ(ロズリートレク)が世界に先駆けて日本で承認されました。
エヌトレクチニブは、10種類のNTRK融合遺伝子陽性の固形がん患者51人中29人(56.9%)で奏効を示すという非常に効果の高い分子標的薬として期待されています。
今回、膵臓がんに対するTRK阻害剤エヌトレクチニブ(ロズリートレク)の効果について解説します。
エヌトレクチニブ(ロズリートレク)とは
ロズリートレク(中外製薬)は、細胞増殖に関与するROS1(c-rosがん遺伝子1)およびTRK(神経栄養因子受容体)ファミリーを強力かつ選択的に阻害する経口投与可能なチロシンキナーゼ阻害剤(分子標的薬)です。
2019年6月、ロズリートレクは日本において「成人および小児のNTRK融合遺伝子陽性の進行・再発の固形癌」に対する臓器横断的(がん種横断的)治療薬として承認されました。
海外では、米国食品医薬品局(FDA)より画期的治療薬(Breakthrough Therapy)に指定され、2019年年8月日にNTRK融合遺伝子陽性の固形がんに対して承認されました。また、欧州医薬品庁(EMA)より同様に画期的な治療薬としてPRIME(PRIority MEdicines)に指定されています。
この薬は、NTRK(神経栄養因子受容体チロシンキナーゼ)融合遺伝子が陽性のがん・肉腫に対して抗腫瘍効果を発揮することがわかっています。
NTRK融合遺伝子とは?
NTRK融合遺伝子とは、染色体転座(染色体の一部分が、他の染色体の一部分と入れかわること)の結果、NTRK遺伝子(NTRK1、NTRK2、NTRK3)と他の遺伝子(ETV6、LMNA、TPM3など)とが融合してできる異常な遺伝子です。
NTRK融合遺伝子陽性例は、成人や小児の様々な固形がんや肉腫(乳児型線維肉腫、神経膠腫、神経膠芽腫、びまん性橋グリオーマ、先天性中胚葉性腎腫、悪性黒色腫、炎症性筋線維芽細胞性腫瘍、子宮肉腫、消化管間質腫瘍(GIST)、乳腺分泌がん、唾液腺分泌がん、原発不明がん、肺がん、大腸がん、虫垂がん、乳がん、胃がん、卵巣がん、甲状腺がん、胆管がん、膵臓がん、頭頸部がん等)で確認されています。
ただ、膵臓がんにおけるNTRK融合遺伝子陽性の頻度はわずかに1%未満と報告されており、非常にまれです(Nat Rev Clin Oncol. 2018 Dec;15(12):731-747. doi: 10.1038/s41571-018-0113-0.)。
ちなみに、NTRK融合遺伝子の検出については、中外製薬が販売する遺伝子変異解析プログラム「FoundationOne(R) CDx がんゲノムプロファイル」がロズリートレクのコンパニオン検査として、2019年6月に承認されています。
つまり、腫瘍組織の一部を採取してこの遺伝子パネル検査を受けることによって、ロズリートレクが使えるかどうを判定できるのです。
詳しくは、「がんゲノム医療中核拠点病院」にお問い合わせください。
膵臓がんに対するロズリートレクの効果
膵臓がんは標準治療では効果がみられないことも多く、新しい治療法の開発が待たれるところです。
最近では、膵臓がんの遺伝子異常のプロファイリングから対応する治療薬を選択する個別化治療の研究がすすんでいます。
このロズリートレクも、NTRK融合遺伝子をもつ膵臓がんで新たに適応となった臓器横断型治療薬であり、その効果が期待されています。
STARTRK-2試験(NTRKまたはROS1遺伝子再構成を有する転移性膵がん患者に対するエヌトレクチニブ単剤療法の安全性、有効性を検証した第Ⅱ相試験)では、3人の転移を認める進行膵臓がん患者が対象に含まれていました。
3人のうちNTRK遺伝子再構成を有する患者は2人、ROS1遺伝子再構成を有する患者は1人でした。
結果は、NTRK遺伝子再構成を有する転移性膵がん患者2人は部分奏効(PR)、ROS1遺伝子再構成を有する転移性膵がん患者1人は安定(SD)を示し(奏効率66.7%)、その奏効維持期間は6ヶ月を超えたという結果でした(下図の赤矢印3人が膵臓がん)。
以上の結果より、少数例での検討ではあるものの、NTRK融合遺伝子陽性の膵臓がんに対しては、ロズリートレクの効果が期待できるとしています。
膵臓がんに対するラロトレクチニブ(ビトラクビ)の効果
このほかにも、まだ日本では保険適用とはなっていませんが(米国では承認取得)、別のTRK阻害剤であるラロトレクチニブ(ビトラクビ)もNTRK遺伝子陽性の固形がんに対して有効であることが報告されています。
Efficacy of Larotrectinib in TRK Fusion-Positive Cancers in Adults and Children. N Engl J Med. 2018 Feb 22;378(8):731-739. doi: 10.1056/NEJMoa1714448.
この試験では、55人のNTRK融合遺伝子陽性の成人および小児固形癌患者がラロトレクチニブの治療をうけ、全体の奏効率は75%(うち22%が完全奏効、53%が部分奏効)という結果でした。
このうち、膵臓がん患者1名が治療を受け、部分奏効(PR)を得ています(下図の赤矢印)。
さらに、別の論文では、NTRK融合遺伝子陽性の膵臓がんに対してラロトレクチニブが有効であった症例が報告されています。
Tumour response to TRK inhibition in a patient with pancreatic adenocarcinoma harbouring an NTRK gene fusion. Ann Oncol. 2019 Nov 1;30(Supplement_8):viii36-viii40. doi: 10.1093/annonc/mdz385.
症例は61歳の女性で、肝転移のある膵体部がんの患者さんです。
ゲムシタビン+ナブパクリタキセルおよびmFOLFIRINOXによる標準的な治療を行いましたが、病状進行しました。
肝転移の病変を遺伝子パネル検査に提出したところ、NTRK融合遺伝子陽性であることが判明したため、ラロトレクチニブ(100mgを1日2回)の経口投与を開始したところ、2ヶ月目に部分奏効(PR)となりました(下図:Aがラロトレクチニブ開始前、Bがラロトレクチニブ開始後2ヶ月目:肝転移巣の縮小を認める)。
しかし、6ヶ月後には進行し、次世代TRK阻害剤セリトレクチニブ(BAY 2731954)などに変更しますが、パネル検査の結果がわかってから最終的には14ヶ月後に死亡しました。
このように、ラロトレクチニブも膵臓がんに対する分子標的薬として有望であると考えられます。
まとめ
NTRK融合遺伝子陽性の膵臓がんに対して、TRK阻害剤であるエヌトレクチニブ(ロズリートレク)およびラロトレクチニブ(ビトラクビ)の有効性が示されています。
日本では、「成人および小児のNTRK融合遺伝子陽性の進行・再発の固形癌」に対してエヌトレクチニブ(ロズリートレク)がすでに承認されています。
膵臓がんにおけるNTRK融合遺伝子陽性例は1%未満と報告されており、非常にまれでですが、標準的な治療が困難な患者さんにとっては新たな希望となります。
たとえ数%であっても、調べてみる価値はあると思います。
このような「臓器横断型治療薬」が膵臓がんにもっと広まることを期待したいですね。