膵臓がん腹膜転移に対する新たな治療戦略(パクリタキセル+S1):日本からの研究結果
膵臓がんは非常に予後の悪い癌であり、5年生存率は依然として10%以下です。特に、膵臓がんは診断時にすでに転移していることが多く、外科的に切除ができないことが最大の問題となります。
膵臓がんの転移にはいろいろなパターンがありますが、なかでもがん細胞が腹腔内(ふくくうない)へ広がる腹膜転移(あるいは腹膜播種:ふくまくはしゅ)は最も厄介です。
腹膜転移に対しては抗がん剤治療がなかなか効かないことや、腸閉塞や腹水など様々な合併症を引き起こすことが問題となっています。
今回、膵臓がんの腹膜転移に対してパクリタキセルとS1(ティーエスワン)を組み合わせた抗がん剤治療の成績(第2相臨床試験)が、日本から報告されました。
膵臓がんの転移様式
膵臓がんには主に3つの転移パターンがあります。
1.リンパ節転移
リンパ節は、体の外から侵入したり、体の中で発生した細菌やがん細胞など(いわゆる異物)に対して攻撃する免疫細胞の基地のようなもので、体のあちこちに分布しています。
がん細胞は、リンパ管を通じてリンパ節に侵入して増えることがあり、これをリンパ節転移といいます。膵臓がんでは、リンパ節転移が多いのが特徴です。
がんは最初に近くのリンパ節に転移し、その後ネットワークを通じてより遠くのリンパ節へ転移していきます。近くのリンパ節にがんがとどまっている場合には手術による切除が可能です。しかし、リンパ節に転移があると切除後の再発が増え、予後が悪くなります。
2.遠隔転移
がん細胞が血管の中に入り込み、遠くのはなれた臓器(例えば肝臓、肺など)に到達し、そこで大きくなることを遠隔転移といいます。
この場合、局所(膵臓のがん)を取りのぞいてもがんが他の臓器に残ることになるため、通常は切除術の適応とはなりません。
抗がん剤治療(および免疫治療など)の適応となりますが、一般的に治療成績は非常に悪いのが現状です。
3.腹膜転移(腹膜播種)
がん細胞が膵臓を超えてお腹のなか(腹腔内)に広がる状態です。最初は小さな米粒大の大きさですが、徐々に大きなかたまりへと成長していきます。同時に、腹水がたまり、お腹がパンパンに腫れることがあります(がん性腹膜炎といいます)。
さらに、腹膜転移のかたまりが腸管をふさぎ、腸閉塞になることもあります。
腹膜転移に対しても遠隔転移と同様に抗がん剤治療が中心ですが、これまでは腹膜転移に対して有効なものはありませんでした。
パクリタキセル(静注+腹腔内投与)とS1による膵臓がん腹膜転移に対する第2相臨床試験
日本の多施設による第2相臨床試験の結果が、世界的に有名な外科の医学ジャーナルであるアナルズ・オブ・サージェリー(Annals of Surgery)誌に発表されました。
Multicenter Phase II Study of Intravenous and Intraperitoneal Paclitaxel With S-1 for Pancreatic Ductal Adenocarcinoma Patients With Peritoneal Metastasis. Ann Surg. 2017 Feb;265(2):397-401. doi: 10.1097/SLA.0000000000001705.
この臨床試験では、33人の膵臓がん腹膜転移の患者さんが登録されました。
これらの人に対して、1日目と8日目にパクリタキセルを静脈内(50mg/m2)と腹腔内(20mg/m2)に投与し、同時にS1(ティーエスワン:80mg/m2/日)の内服を14日間続けるというものでした。この治療を3週間おきに継続しました。
治療の結果は以下のとおりでした。
■全患者の生存期間の中央値は16.3ヶ月(11.5~22.6ヶ月)であり、1年生存率は62%、2年生存率は23%でした。
■客観的奏功率(がんが30%以上小さくなった部分寛解の割合)は36%であった。
■病勢コントロール率(がんの進行がなかった割合)は82%であった。
■15人中9人(60%)で治療開始から1年以内に腹水が消失した。
■抗がん剤投与によって切除可能となり、膵切除術を行った8人では、手術を受けなかった患者に比べて有意に生存期間が長かった(手術を受けた患者の生存期間の中央値は27.8ヶ月)。
以上の結果より、腹膜転移を認める膵臓がん患者に対するパクリタキセル(静注+腹腔内投与)とS1(ティーエスワン)の併用治療は有望な治療法であるとしています。
特に、抗がん剤治療が効いて、根治手術が可能と判断された症例に対する切除術(コンバージョン手術といいます)の成績は非常に良好であると考えられます。
今後、ますます症例数を増やした臨床試験で効果が証明されることが期待されます。
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