【医師が解説】新しい抗がん剤、分子標的治療薬ってどんなくすり?その効果は?
がんの治療は日々進歩しています。
特に、ここ数十年でがんの分子レベルでの異常(タンパク質や遺伝子の変化)についての研究は飛躍的に進歩しました。そして、がん細胞に特異的にみられる分子異常を標的とした新しい抗がん剤が開発されました。
これが分子標的治療薬です。
さて、最近よく耳にする分子標的治療薬ですが、その効果はどうなのでしょうか?またどこが今までの抗がん剤とちがうのでしょうか?
今回は新しい抗がん剤といわれる分子標的治療薬について解説します。
分子標的治療薬とは?
今まで使われてきた抗がん剤は、がん細胞だけを狙った薬ではありませんでした。
例えば、ある種の抗がん剤はDNAのらせん構造と結合する働きをもっており、DNAの分裂を阻止することでがん細胞の増殖を抑える働きがあるとされます。つまり、早く分裂をくり返して増殖している細胞を攻撃する薬でした。
ところが、がん細胞にとどまらず、健康な細胞も含めてすべての細胞は細胞分裂をくり返しています。このため、正常な細胞(特に、分裂がさかんな骨髄の細胞など)にもダメージを与えてしまい、副作用も多く出てしまうというデメリットがありました。
これに対し、分子標的治療薬とは簡単に言えば「がん細胞が持っている特定の分子異常(タンパク質や遺伝子の異常)をターゲットとして、その部分だけに作用する薬」のことです。
つまり、理論的にはがん細胞だけを狙った(あるいはがん細胞に重点をおいてやっつける)ピンポイントの治療薬といえます。
分子標的治療薬はどうやって効くの?
では分子標的治療薬はどのようなメカニズムで効果を発揮するのでしょうか?代表的な分子標的治療薬がどうやってがんに効くのかを、図を使って説明します。
細胞が増殖するためには、増殖因子(ぞうしょくいんし)という物質が、細胞の表面にある専用のレセプター(受容体)とよばれる受け皿にくっつくことで増殖の信号がオンになる必要があります。
正常の細胞では、この増殖因子や受け皿が一定の数しかないので、増殖速度はある程度までに制限されており、増えすぎることはありません。
一方、がん細胞では増殖因子と受け皿が異常に増えており、増殖因子が受け皿にどんどん結合することによって細胞増殖のシグナルがずっとオンのままになっています。このような仕組みによって、がん細胞は無限に増殖するのです。
分子標的治療薬(ここではレセプター抗体薬)は、がん細胞の表面にあるこの受け皿により強く結合してふさぎ、増殖因子が近づいても結合できなくします。
これにより、細胞増殖の信号がずっとオンになるのを防ぎ、がん細胞の増殖に歯止めをかけます。
分子標的治療薬にはどんなものがある?
分子標的治療薬には、大きく分けて(1)細胞のシグナル伝達(増殖などを促すため、細胞内で指令が伝わっていくシステム)を阻害する薬、(2)血管新生(がんに栄養を運ぶ新しい血管が作られること)を阻害する薬、および(3)細胞内にあるプロテアソームと呼ばれる酵素の働きを阻害する薬があります。
以下に代表的な分子標的治療薬をあげます。
シグナル伝達(増殖因子やキナーゼなど)を阻害する薬
ゲフェチニブ(商品名 イレッサ)、トラスツズマブ(商品名 ハーセプチン)、エルロチニブ(商品名 タルセバ)、セツキシマブ(商品名 アービタックス)、パニツムマブ(商品名 ベクティビックス)、レゴラフェニブ(商品名 スチバーガ)など
血管新生を阻害する薬
ベバシズマブ(商品名 アバスチン)
プロテアソームの働きを阻害する薬
ボルテゾミブ(商品名 ベルケイド)
これらの分子標的治療薬は、単独であるいは他の抗がん剤との併用で用いられ、現在、肺がん、乳がん、大腸がん、胃がん、腎臓がん、血液がん(白血病、多発性骨髄腫)、肝臓がんなどの治療に導入され、効果を上げています。
分子標的治療薬のメリット
これまでの抗がん剤は、効果があるかどうかは試してみないとわかりませんでした。
しかし一部の分子標的治療薬は、がんの特定の遺伝子やタンパク質の状態を調べることによって、効果が期待できる患者さんだけに投与することができます。
例えば、トラスツズマブ(ハーセプチン)は、HER2(ハーツー)という増殖に関係したタンパク質を標的とする分子標的治療薬なので、このHER2が異常に増えているがんに対して効果が高いと考えられます。
したがって、乳がんの患者さんのうち、がん組織のHER2が陽性の人(乳がん全体のおよそ20%)にこのトラスツズマブ(ハーセプチン)を投与することによって、効果が期待できる人だけを選択的に治療できるメリットがあります。一方で、効果の期待できない人には無駄な治療をしなくて済みます。
このトラスツズマブの導入により、乳がん患者さんの生存期間が延長されました。
このような患者さん一人ひとりのがんの個性にかなった医療を、がんの「個別化医療(オーダーメイド治療)」ともいいます。
分子標的治療薬には副作用はないの?
分子標的治療薬は、理論上は分子の異常を持つ細胞(がん細胞)だけをターゲットにしているため、正常の細胞も傷つける抗がん剤とちがって副作用が少ないと考えられています。
しかしながら、実際には従来の抗がん剤と同様にいろいろな副作用があります。また分子標的治療薬に特徴的な予期せぬ副作用も報告されています。
例えば、一部の分子標的治療薬には間質性肺炎という重大な副作用が報告されています。また、皮疹などの皮膚症状が強くでる薬もあるため、注意が必要です。
分子標的治療薬の問題点
分子標的治療薬は夢のくすりなのでしょうか?
確かに一部の分子標的治療薬は、これまで治療の選択肢がなかった患者さんの生存期間を延長することができました。しかし、従来の抗がん剤に比べて格段に効果が高いというものではありません。
なかには、臨床試験において統計学的に有効であると判断されたものの、わずか1ヶ月(あるいは数週間)しか生存期間の延長が期待できない薬もあります。
また、一旦は効果がみられた場合でも、他の抗がん剤と同様に、次第に効果がなくなることもあります。したがって、「夢のくすり」といった過度の期待は禁物でしょう。
また、一般的に分子標的治療薬は高額であり、患者さんの金銭的負担が増え、医療費が高騰するといった経済的・社会的問題も抱えています。
まとめ
分子標的治療薬とは、特定の分子異常(遺伝子やタンパク質の異常)をターゲットとした、がん細胞だけを狙い撃ちする治療薬です。
従来の抗がん剤とちがい、一部の分子標的治療薬は効果が期待できる患者さんだけに投与できるメリットがあります。
今後、ますます多くの分子標的治療薬が開発、導入され、がん患者さんの治療成績が向上することが期待されています。
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