がんの手術を受けるみなさんへ、プレハビリテーション(予防的リハビリテーション)のすすめ!
がんと診断され、手術を控えた多くの患者さんは、不安や心配な気持ちから、何も手に付かない状態でしょう。
実際に手術を終えた患者さんにお話を聞くと、手術の前のことは「ボーッとしていて、何をしていたかほとんど覚えていない」という方が多いようです。
しかし、がんの手術をうまく乗り切るためには、たとえ短期間でも手術までの間に自分でできることがたくさんあります。
特に、術前に適切な運動や食事を続けることで手術時の体力(筋力)が確保でき、結果的に術後の合併症を減らし、早く社会復帰することが可能なのです。これを、プレハビリテーション(術前の予防的なリハビリテーション)といいます。
プレハビリテーションについては、こちらのサイト(がん患者さんのためのプレハビリテーション)でもくわしく解説しています。
今回は、がんの手術を控えたみなさんに是非取り入れてもらいたいプレハビリテーションについて解説します。
プレハビリテーションとは?
プレハビリテーションとは、術前(pre-プレ)のリハビリテーションという意味の造語で、海外ではすでに一般的な概念です。
これは、術後の合併症を減らし、回復を早めるために、体の動く術前から積極的にリハビリテーションを行うというものです。
このプレハビリテーションのプログラムの内容は施設や報告によって異なりますが、運動療法(エクササイズ)が中心となり、これに食事療法や心理療法を追加したものが一般的です。
以下に具体的なプログラムの一例を紹介します。
1.運動療法(有酸素運動+レジスタンス運動)
ウォーキング、ランニング、サイクリング(エアロバイク)、水泳などの有酸素運動を20分間とレジスタンス運動(いわゆる筋トレ)を20分間。これを週3回行う。
レジスタンス運動については、こちらの記事を参考にしてください。
2.栄養補給
1日のタンパク質摂取量が体重1Kgあたり1.2g(つまり体重50Kgの人では60g)に達するように、ホエイプロテインを補充する。
例えば、体重50Kgの人で、食事からのタンパク質の摂取量が40gである場合は、ホエイプロテインを20g追加する、といった計算になります。
食品中のタンパク質の含有量はこちらのウェブ(簡単!栄養andカロリー計算)を参考にしてください。ちなみに、鶏ささみ1本でタンパク質はおよそ10g程度です!
なお、ホエイプロテインは、できるだけ運動後1時間以内に摂取するようにする。
3.心理療法(不安・ストレス軽減)
訓練された心理学者(精神病医)によって指導される、不安を軽減するためのリラクゼーションと呼吸運動の実施
自分自身で行える不安軽減の方法としては、マインドフルネスがあります。
以上の3つが代表的なプレハビテーションの方法です。プログラムの期間は研究によって違いますが、一般的にはこれを2~4週間にわたって続けます。
がん患者におけるプレハビリテーションの研究論文
ある臨床研究では、このプログラムを術前に4週間続けることによって、大腸がん患者の手術時の身体能力および歩行能力が高まったとしています。
Four-week prehabilitation program is sufficient to modify exercise behaviors and improve preoperative functional walking capacity in patients with colorectal cancer. (4週間のプレハビリテーションは大腸がん患者の運動習慣を変化させ、術前の機能的歩行能力を改善するのに十分である) Support Care Cancer. 2017 Jan;25(1):33-40. Epub 2016 Aug 18.
この研究では、116人の手術予定の大腸がん患者を対象とし、上記の4週間のプレハビリテーションを受けるグループ(57人)とコントロールのグループ(59人)にランダムに割り付け、手術時の身体能力を比較検討しました。
その結果、プレハビリテーションを受けた患者では、手術直前の身体活動レベルおよび歩行能力が有意に向上していたとのことです。
一方、プレハビリテーションを受けなかったコントロールのグループでは、これらの身体機能の変化はみられませんでした。
術後のリハビリテーションより術前のプレハビリテーションの方がいい?
さて、現在の医療現場では、早期離床(手術後にできるだけ早く起床や歩行を開始すること)を目的に、術後早期からリハビリテーションを行うのが一般的です。
では、術前からのプレハビリテーションと術後のリハビリテーションではどちらがよいのでしょうか?これを比較した臨床試験があります。
Prehabilitation versus rehabilitation: a randomized control trial in patients undergoing colorectal resection for cancer. Anesthesiology. 2014 Nov;121(5):937-47. doi: 10.1097/ALN.0000000000000393.
このランダム化比較試験では、大腸がんの手術を予定した77人の患者を、プレハビリテーションを受けるグループ(38人)とリハビリテーション(39人)を受けるグループにランダムに割り付けました。
その結果、術前に歩行機能(6分間歩行テスト)が改善した患者は、プレハビリテーション群(53%)でリハビリテーション群(15%)に比べて多く、また手術の8週間後の歩行機能の改善率は、プレハビリテーション群でリハビリテーション群よりも有意に高かったとのことです。
以上の結果より、術後の身体機能(歩行能力)回復のためには、術後のリハビリテーションよりも術前のプレハビリテーションの方が有効である可能性が示唆されました。
日本の病院におけるプレハビリテーション
日本ではまだまだプレハビリテーションのプログラムを導入している病院は少ないと思われます。
国際医療福祉大学三田病院での取り組み
国際医療福祉大学三田病院リハビリテーション科 教授の角田 亘先生が、がんの手術前のプレハビリテーションの有用性について記事を書かれていますので、引用させていただきます。
がん患者さんに対するプレハビリテーション-具体的にどのような運動を行うのか
ウォーキングなどごく普通の有酸素運動や、ご自宅でもできるような筋力トレーニングを1週間~3週間かけて行っていただきます。
2~3日の運動では大きな変化はみられませんが、1週間以上継続的に実施すれば、高齢の方や体力が低下していた方には目に見える変化が現れます。
日ごろ運動習慣がない方々にとっては、1週間強の簡単な運動も非常に大きな意味を成すのです。
消化器がんの手術前には必ずプレリハビリテーションを実施-三田病院の例
現在三田病院では、消化器がんの外科手術を行う患者さん全例にプレハビリテーションを行っていただくという新たな取り組みを実施しています。
スケジュールとしては、まず手術が決定したその日に必ずリハビリテーション科に来ていただき、前項でご紹介した研究報告などを示しながら術前のプレハビリテーションについてお話します。
ほとんどの患者さんは手術を行う2週間~4週間前に当科に来られますので、最低でも1週間以上のプレハビリテーションを行うことが可能です。
プレハビリテーションに対し、前向きに臨まれる患者さんが多い
当科では2016年の4月1日から7月中旬までに、およそ80人弱の患者さんがプレハビリテーションを行っています。
現時点までに当科へ来られた患者さんは、「前向きかつ自主的に運動や筋力トレーニングに取り組んでくださる方が多い」という共通点がみられます。
消化器がんの患者さんは手術前には体が弱っていないことも少なくないためとも考えられますが、それ以前に元々「がんを克服しよう/手術を乗り越えて元気になろう」という闘志を持っていらっしゃる方が多いことが、効果的なプレハビリテーションの実施の助けになっていると感じます。
がん手術前のリハビリ「プレハビリテーション」による筋力や体力の「貯筋」より引用(一部省略)
大阪医療センターからの報告
また、大阪医療センター外科のチームからの報告では、サルコペニア(筋肉やせ/筋力低下)を認める高齢の胃がん患者さんに、術前から運動療法(握力トレーニング、ウォーキング、レジスタンス運動)と栄養サポート(必要カロリー+タンパク質摂取のアドバイス+サプリメント(HMB))を行ったとのことです。
その結果、一部の患者さん(22人中4人)ではサルコペニアが改善し、また全員に重大な術後合併症はみられなかったとのことです。
Effectiveness of a preoperative exercise and nutritional support program for elderly sarcopenic patients with gastric cancer. Gastric Cancer. 2017 Sep;20(5):913-918. doi: 10.1007/s10120-016-0683-4. Epub 2016 Dec 28.
今後、ますますこのようなプレハビリテーションの重要性が認識され、多くの病院で術前からの運動と栄養プログラムが取り入れられることと思います。
まとめ
手術を予定したがん患者さん(特に活動レベル、身体機能、および栄養状態に問題を抱えた高齢者)では、術前の運動療法、栄養療法、および不安の軽減などの心理的治療を含めたプレハビリテーションによって術後の合併症予防、早期退院、および早期の社会復帰が望めます。
残念ながらプレハビリテーションのプログラムは日本では広まっておらず、術前の過ごし方についは医師からのアドバイスもないかもしれませんが、自分でできる範囲で積極的に取り入れてみましょう!
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