腹腔鏡手術は開腹手術より危険で死亡リスクが高い?迷っている患者さんへ

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がん治療の選択肢の一つとして、手術は多くの患者さんに提示されます。

医療の進歩によって手術の安全性は高くなってきました。しかしながら、手術にともなう合併症や死亡リスクをゼロにすることはできません。

近年、急速に普及してきた腹腔鏡(ふくくうきょう)手術などの低侵襲手術(からだに負担が少ない手術)ですが、以前からその問題点も指摘されていました。

それは、体に負担が少ないとされる一方で、大出血や臓器損傷などによって手術死亡(手術が原因で亡くなる)リスクが増加する可能性が懸念されていたことです。

とくに、千葉県がんセンターや群馬大学病院での腹腔鏡手術後の相次ぐ手術死亡の問題が明るみとなった2014年頃から、「腹腔鏡手術は危険な手術」というレッテルが貼られるようになりました。

はたして腹腔鏡手術は従来の開腹手術(おなかを開けて直接見ながら行う手術)と比べて危険で死亡リスクが高い手術なのでしょうか?

開腹手術、腹腔鏡手術のどちらも経験してきた外科医の立場からお答えします。

おもな消化器外科手術における腹腔鏡手術死亡率

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2015年、日本外科学会と日本消化器外科学会は、「腹腔鏡手術を受けた患者が合併症などによ り残念な結果となったという昨今の報道を受け、わが国の腹腔鏡消化器外科手術の症例の現状と安全性を緊急調査する」という目的で、重要な調査報告を行いました。

解析に用いたのは、NCD(National Clinical Database)という非常に大規模な手術・治療に関するデータベースです。このNCDには、日本全国のほとんどの病院で行われている手術に関するデータが入力されています。

2011-2013年の3年間に、NCD消化器外科領域に登録された全国2,336施設からの1,377,118件の手術データから7術式を抽出し、症例数、腹腔鏡手術の割合、死亡数などについて調査しました。

7つの術式は以下のとおりです。

胃切除術:胃を部分的に切除する手術(対象:おもに胃の中部から下部(出口)のがん)
胃全摘術:胃を全部切除する手術(対象:おもに胃の上部のがん)
右半結腸切除術:右側の大腸を切除する手術(対象:おもに右側の大腸がん、憩室炎など)
低位前方切除術:S状結腸と直腸の一部を切除する手術(対象:おもに下部直腸のがん)
食道切除再建術:食道を切除し、胃や腸によって再建する(つなぎ直す)手術です(対象:おおもに食道がん)
肝切除術(外側区域をのぞく1区域以上):肝臓の区域(肝臓を4つに分けた部位)より大きな範囲の切除(対象:おもに肝臓がん)
膵頭十二指腸切除術:膵臓の頭部(右側)、十二指腸、胆嚢・胆管を切除する手術(対象:おもに膵臓や胆管のがん)

その結果、以下のような結果が得られました。

NCD消化器腹腔鏡手術死亡率

このデータからわかることをまとめます。

全体死亡率

まずは開腹と腹腔鏡手術を合わせた全体の手術死亡率ですが、胃切除術や低位前方切除では1%程度(あるいはそれ以下)と低いのに対し、膵頭十二指腸切除術は2.86%肝切除術は3.69%と高いことがわかります。

つまり、全国的にみて、肝胆膵(かんたんすい)領域の比較的おおきな手術では、術後の合併症などで死亡する患者さんが3%前後いるという集計結果です。

腹腔鏡手術の死亡率

一方で、問題となっている腹腔鏡手術死亡率は、すべての術式において全体死亡率よりも低いことがわかります。

手術全体の死亡率を1としたときの、腹腔鏡手術の死亡リスク(腹腔鏡手術標準化死亡比:右端の赤枠内)はすべての手術において1未満(0.7~0.98)であり、数字だけで見ると、むしろ低い傾向にあることがわかります

その他の調査の結果もまとめ、腹腔鏡手術に関しては、以下のように結論づけています。

1.腹腔鏡手術は本邦外科医療において毎年増加傾向にある
2.腹腔鏡手術は死亡率で見る限り、開腹術と比べて高いという事実はない 

腹腔鏡の肝胆膵手術の死亡率は?

一方で、日本肝胆膵外科学会は2015年、手術実績の多い全国約200施設を対象に、腹腔鏡を使った肝臓切除手術の実績について調査を行ったところ、難易度の高い(当時)保険適用外の手術は、保険適用の手術に比べ死亡率が約5倍高いことが分かったと報告しています。

この調査では、腹腔鏡下の肝臓切除手術の死亡率は全体でおよそ0.5%だったが、難易度の高い保険適用外の手術では1.45%で、保険適用の手術の0.27%と比べ5.4倍高かったとのことです。

つまり、難易度の高い肝胆膵領域の腹腔鏡手術に関しては、導入期とはいえ、やはり死亡リスクが高かったということです。

この結果をうけ、高難度の肝胆膵腹腔鏡手術は、専門性の高い限られた施設でしか実施できないことになりました

平成28年度の診療報酬改定により、「腹腔鏡下肝切除術(亜区域切除,1区域切除(外側区域切除を除く)、2区域切除及び3区域切除以上のもの)」、「腹腔鏡下膵頭十二指腸切除術」の2つの術式が診療報酬に採択され、保険適用となりましたが、これらを施行するための施設基準も厳格に定められました

安全に受けることができる腹腔鏡手術は?

以上の結果とわたし自身の経験を踏まえ、現時点で「比較的安全に受けることができるがんの腹腔鏡手術」を以下にあげてみます。

一部の術式は難易度が若干高く、施設や術者による差があると考えられるため、「同様の手術件数が多い施設(いわゆるハイボリュームセンター)で受けることが望ましい」としました。

胃がん

  • 腹腔鏡下胃切除術
  • 腹腔鏡下胃全摘術(手術症例が多い施設が望ましい)

結腸がん

  • 腹腔鏡下結腸切除術

直腸がん

  • 腹腔鏡下直腸前方切除術(手術症例が多い施設)

肝臓がん(原発性肝がん、転移性肝がん)

  • 腹腔鏡下肝部分切除術(手術症例が多い施設)
  • 腹腔鏡下肝外側区域切除術(手術症例が多い施設)

膵良性腫瘍(低悪性度腫瘍)

  • 腹腔鏡体尾部切除術(手術症例が多い施設)

これらの腹腔鏡手術は、比較的安全に受けることができると考えられます。

ただし、その術式の手術件数が多い施設で受けること、そして、できるだけ多くの腹腔鏡手術を経験した外科医によって行われることが望ましいと考えられます。

開腹手術か腹腔鏡手術で迷ったときは?

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すべてのがんに対して腹腔鏡手術が可能という訳ではありません。

がんの進行度・広がり、以前の開腹手術の有無、患者さんの持病・全身状態などを総合的に考え、開腹手術か腹腔鏡手術の適応を判断します。

外科医から腹腔鏡手術の提案があったとしても、必ずしも腹腔鏡手術を受けることはありません。よく説明を受けた上で、開腹手術を希望してもよいと思います。

開腹手術と腹腔鏡手術のそれぞれの利点・欠点をよく考え、慎重に判断してください


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