抗がん剤治療中の絶食模倣食(fasting mimicking diet)の効果
「抗がん剤治療の直前や治療中にどのような食事をとればよいのか?」ということについては、実は、まだわかっていません。
最近、短期間の絶食や、絶食を模倣した食事が、抗がん剤によるストレスから正常細胞を保護し、同時にがん細胞に対する抗がん剤治療の効果を高めることがわかってきました。
このような実験結果に基づき、抗がん剤治療中に「絶食」を試みる研究が行われるようになってきました。
実際に、いくつかの小規模の臨床研究では、抗がん剤治療中の絶食は安全であり、毒性(副作用)を軽減することが報告されています。一方で、大規模な臨床研究におけるエビデンスは今までありませんでした。
今回、オランダから、抗がん剤治療を受ける乳癌患者を対象として、絶食を模倣した食事(fasting mimicking diet: FMD)の効果を調べたランダム化比較試験の結果が報告されました。
乳癌の抗癌剤治療をサポートする絶食模倣食
Fasting mimicking diet as an adjunct to neoadjuvant chemotherapy for breast cancer in the multicentre randomized phase 2 DIRECT trial. Nat Commun. 2020 Jun 23;11(1):3083. doi: 10.1038/s41467-020-16138-3.
HER2陰性のステージ IIまたはIIIの乳がん患者131人を対象としました。糖尿病の患者さんは除外されました。
ネオアジュバント療法と呼ばれる、手術前に腫瘍を小さくする目的で行われる抗がん剤治療の3日前から、抗がん剤の投与日まで、絶食模倣食または通常食をとるグループのどちらかにランダムに分けました。
絶食模倣食(fasting mimicking diet: FMD)とは、4日間にわたる、野菜を中心とした低アミノ酸置換食で、スープや液体の食べ物、お茶など水分のみ、好きなときに摂取してよいという食事方法です。
カロリーは、最初の日がおよそ1200Kcalで、2日目から4日目までがおよそ200Kcalという非常に低カロリー低タンパク質の食事です。
結果です。
まず、毒性(副作用)については、両グループ間に差はありませんでした。
一方、抗がん剤の効果については、絶食模倣食のグループのほうが、より高かったということです。
具体的には、画像検査による奏効率(完全奏効と部分奏効)は、通常食のグループでは約70%でしたが、絶食模倣食のグループでは約90%と、高くなっていました。
また、切除した腫瘍の顕微鏡検査による治療反応(90-100%のがん細胞が消滅)の割合も、絶食模倣食のグループのほうが高かったという結果です。
さらに、絶食模倣食のグループのほうが、通常食のグループよりも、抗がん剤による正常細胞であるTリンパ球のDNA損傷が軽かったということです。
こういったデータより、乳がんに対する抗がん剤治療前から投与中にわたる絶食模倣食は、安全で有望な補助療法であると結論づけています。
現在、生存率に関する追跡調査が行われています。
なぜ絶食が抗がん剤治療の効果を高めるのか?
では、なぜ絶食が抗がん剤治療の効果を高めるのでしょうか?
はっきりとした理由、メカニズムについては、まだわかっていません。
ただ、絶食(突然の栄養枯渇)に対する、正常細胞とがん細胞の反応のちがいが指摘されています。
すなわち、絶食によって、正常細胞は、通常の増殖状態から、栄養が枯渇した状態でも生き残れるように維持・修復状態(いわゆる休眠状態)へ切り替わることができます。
一方で、がん細胞は、つねに活発な増殖状態が維持されているため、このような栄養状態が枯渇した状態に適応することができず、抗がん剤の毒性が高まり、死んでしまうと考えられています。
まとめ:抗癌剤治療中は何も食べない方がいいのか?
今回の研究によると、抗癌剤治療前~中には、絶食に近い食事のほうが効果が高まる可能性があるという結果でした。
では、実際に、抗癌剤治療中は何も食べないほうがいいのでしょうか?
これについては、まだ今回の結果だけではなんとも言えません。
絶食や絶食模倣食は、非常に極端な食事療法ですので、現時点では、単純にまねをするのも危険だと思います。
急に絶食(または絶食に近い食事)にすることのリスクもありますし、当然、精神的な負担、ストレスも生じるでしょう。長期的には、予後を悪化させる筋肉量の減少などにつながる可能性もあります。
今後、長期の成績や安全性についての情報がでてから、主治医とよく相談して試すのが良いと思います。